大河原克行のデジタル家電 -最前線-

nasneは「One Sony」を実現する戦略製品

~ソニーファン創造に挑むSMOJ河野社長に聞く~


河野弘 ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン社長 兼 ソニーマーケティング社長

 「ソニーファンの創造に挑む。それがソニーマーケティングの最重要課題」――。2012年4月1日付けで、ソニー製品の国内マーケティング事業を担当するソニーマーケティング(SMOJ)の社長に就任した河野弘社長はこう切り出す。

 河野社長は、プレイステーション事業を担当するソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン(SCEJ)の社長を兼務。異なる2つの事業を舵取りする。「ソニーが目指しているのはOne Sony。これを現場で実践するのが私の役割」と語る。

 8月30日には一度発売を延期したメディアストレージの「nasne(ナスネ)」を再発売。ここではSMOJとSCEJとが初めて連携したマーケティング活動も開始しており、ソニーの平井一夫社長が打ち出す「One Sony」に向けた具体的成果のひとつとも位置づけられよう。

 ソニーマーケティングの河野社長に、SMOJとSCEJとの連携への取り組み、nasneの販売戦略、そして、河野社長流の経営手法などについて聞いた。


■ 「SCEJ社長 兼 SMOJ社長」という異例の人事

ソニー本社

――ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン(SCEJ)の社長が、ソニーマーケティング(SMOJ)の社長を兼務するという異例ともいえる人事から約5カ月が経過しました。なぜ兼務ということになったのでしょうか。

河野:私は、1985年にソニーに入社し、もともと秋葉原でエレキの仕事をしていました。その後、東欧や米国でも勤務をしたのですが、2年前に日本に戻る際に、現ソニーCEOの平井から、「日本でゲームを担当してくれないか」と言われ、ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン(SCEJ)社長の仕事を受けました。入社してから25年を経過した時期でしたから、節目として新たな仕事をやるという意味でもいいタイミングだったといえます。

 ただ、SCEJの社長をお受けする以上、生半可な気持ちではやりたくない。プレイステーションも業界のなかでは重要なポジションを占めている。ゲームをやるならば、集中し、没頭してやらないと、ゲーム業界でも受け入れられてもらえないし、「腰掛け社長が来たぞ」というように見られては意味がない。しっかりとやるという姿勢をみせる意味でも、私は、ソニーを辞め、完全にSCEに移籍しました。これからの会社人生は、ずっとゲームしかやらないつもりでしたよ(笑)。この2年間は、まさに、どっぷりとゲームの仕事をやり、この間、多くの方に教えていただき、ご支援をいただきました。

平井一夫社長兼CEO

 ところが、平井の立場が当時のSCEのCEOから、ソニーのCEOに変わり、今度は「国内のことで相談がある」と呼び出されたのです。そこで出たのが、「ソニーマーケティングを担当してくれないか」という話でした。私は2年前に大きな決断をして、SCEに行ったわけですから、SCEを辞めるということはまったく考えていなかった。ただ両社のことを考えると、兼務という選択肢もあるのではないか、と考えたわけです。

 もちろん、どちらの仕事もフルタイムでやらなくてはいけない重要な職種ですから、一般的に考えると両立は難しい。また、どちらも業界も厳しい環境のなかにありますし、身体的なプレッシャーも増える。しかし、視点を変えてみると、エレクトロニクスとゲームとの共通点があるのではないかということに着目しました。

 実は、SCEのエンジニアと、ソニー本体のエンジニアとは結構交流があるんです。ソニーのエンジニアだった人が、SCEでエンジニアをしているという例もありますしね。また、平井が掲げる「One Sony」を、誰が具体的に実践するのかということを考えると、そこに取り組むチャンスが、ここにあるとも考えました。

 私は商品企画のひとつ手前のところの技術といった領域でのコラボレーションが大切だと思っているのです。それがつながらないと、様々な矛盾が出てくる。これは、かなりいい形で出来上がっているともいえます。

 ただ、その一方で、現場に近いセールス、マーケティングのところでどう見せていくかということが、これからは重要になってくる。ここにOne Sonyの実践がある。エンジニア同士は交流があっても、販売の現場ではまったく交流がないといった方がいい状況でした。お互いのいいところを生かしながらどう連携できるのか、ということに挑戦したいと思ったのです。

 そこで平井に、「やれるかどうかはわからないが、両方やりたいのですが」(笑)と相談をしてみた。

 これまでエレクトロニクスとゲームのビジネスを現場で兼務したという例はありません。しかし、これは体制とか、形の問題ではありません。SCEJとSMOJを一体化することに意味はありません。バリューは、両社が共通のゴールを持ってやっていくことにある。

 先にも触れたように、2年間ゲームをやってきて、ようやく市場がわかり始めた。ゲームの部分で、私がやらなくてはならないこともあると感じていますし、まだまだやり遂げたという感じは持っていません。一方で、SMOJとSCEJが一緒にやることでのOne Sonyとしての旗振り役が、現場に近いところでできる。

 平井からも、そうした考えであるならば、全面的にサポートするという話をいただきましたので、兼務という形で仕事に取り組むことになったのです。社内に対しても、兼務する意味を話し、社員には理解してもらったと思っています。

――2つの会社の社長として、どんなバランスで経営に取り組んでいきますか。

河野:私は、どちらに力を入れるのかといった質問に対して、冗談を交えながら、「力の入れ方はフィフティー・フィフティ(50対50)ではなく、100対100だ」ということをいっています(笑)。もちろん、実態からいえば、優先順位はつけなくてはならない。

PlayStation Vita

 ゲーム事業においては、PlayStation Vita(PS Vita)というポテンシャルを持った新しいプラットフォームの立ち上げの時期にあります。これをしっかりと立ち上げることはソニー全体としても重要なことです。また、ビジネスを推進する上でも、様々なゲーム会社の方々とコミュニケーションすることは非常に大切であり、肝となりますから、これに使う時間は絶対に減らさない。「兼務になったので、最近、顔を見せないね」ということを言われないようにします。

 私自身、兼務の件が外部に正式発表される直前に、主要なゲーム会社の方々に連絡して、「お付き合いはこれからも変わりません、大丈夫ですから」という話をしました。この2年間、いろいろと教えていただき、一緒にやってきた方々ですから、その関係は変えない。ゲーム業界の活性化は、プレイステーションの大きな役割のひとつです。ここには、まだまだ時間を割いていきます。

 一方で、SMOJのための時間もしっかりと取っていく。兼務を開始して以来、午前7時30分にはSCEJのオフィスに行き、9時30分にはSMOJに来ています。そのあと、SCEJに戻ると、「最近遅いですね」となどと言われていますが(笑)、そんな言葉にもめげずにハードワークで仕事をこなしていますよ。いまのところはなんとかなっています(笑)。

 ただ、SMOJの仕事で北海道に行った際にも、その合間にゲームのパートナーにお邪魔してコミュニケーションをするといったこともできるので、効率的に仕事が行なえる部分もあります。うまくスイッチを入れ替えて、それぞれの立場で最善の仕事をする、ということが重要だと思っています。

 正直なことを言いますと、スイッチの入れ替えというのは本当に難しいですね(笑)。ゲームの会見にお邪魔して、テンションをあげて「ギャルゲー」の応援をしたあと、SMOJでじっくりしたビジネスの話をするというような切り替えは大変です。


■ 目標は「ソニーファン創造」

――社長に就任以来、「ソニーファン創造」という目標を掲げていますね。

河野:SMOJでは、商品企画、マーケティング、営業、店頭マーチャンダイジング、カスタマーサービス、ネットワークサービス、オペレーション、CRMといったすべてが、「ソニーファンの創造」に向かい、そのために原点に戻る必要があると言っています。

 私は2年前にSCEJの社長になったときに、「プレイステーションファンを作る」といっていたのですが、それと狙いは一緒です。プレイステーションは、生活必需品というわけではない。ただし、お客様にとって、無くてはならないものにすることはできる。そうしたサポーターに支えられて成り立つビジネスです。だからこそ、プレイステーションのファンを増やし、大事にして行こうという方針を掲げたのです。

 振り返ってみれば、もともとソニーという会社は、独自性を大事にしている会社です。同質的な競争のなかに入るのではなく、他社とは少し離れたところにいる存在でした。それを支持してくれるソニーのファンを作ることが大切なのです。

――この方針を掲げたのは、ソニーファンがここ数年減っていたということの裏返しなのですか。

河野:いや、減ってはいない。しかし、ソニーファンががっかりしていた、ソニーファンの期待に応えられていないという状況が続いていたのではないかとも感じます。それはエンドユーザーだけでなく、販売店などのパートナーにとっても同じだったのではないでしょうか。

――どこに原因があったのでしょうか。

河野:ソニーは、世界一とか、世界初といったものを世の中に送り出してきましたが、そのなかで、圧倒的優位性を持ち、ソニーが先陣を切ったというものが少なくなっていたのではないか、という反省はあります。そこに、ソニーファンが持つ期待とのギャップがあったともいえます。しかし、圧倒的な優位性を持ったソニーらしい製品がないわけではない。デジタルイメージ製品にも優れたものがありますし、4Kのプロジェクタでも世界で先行し、高い評価を得ているものもある。そこに関しては、正しく伝えられていないという反省があります。

――○○ファンというような言い方を形成できるメーカーはそれほど多くはないですね。

河野:私も個人的にはそう感じています。誤解を恐れずにいえば、少なくともソニーにはファンがいると言い切れます。それを大切にするべきです。では、ソニーのファンを作るためにはどうするか。他社よりも安い製品を作ればいいというわけではないのは明らかです。付加価値の観点から、「これはソニーらしい製品だね」と、お客様にいってもらえるものでなくてはならない。

 ソニーファンを作るには、尖った製品が出てくることは大前提です。これは、いま事業部が一生懸命やってくれている。それだけでなく、セールス、マーケティングの側面から、私たちがやることがもっとあるのではないかということなんです。

一つのサービスプラットフォームから、様々な端末、画面サイズにサービスを提供する4スクリーン戦略

 例えば、ソニーでは、UX(ユーザー・エクスペリエンス)とか、4スクリーン(テレビ、スマートフォン、タブレット、PC)といった言葉をよく使っています。これがB to Bのなかで使われているのならばいいのですが、そのままお客様との対話のなかにも使われている嫌いがある。そうしたコミュニケーションの方法は適切ではありません。ソニーの話を聞いていただけるお客様に対して、わかりにくい言葉を使うのではなく、直感的に理解をしていただけるような言葉を使わなくてはなりません。言葉づかいから変えていかなくてはならないと思っています。

 ソニーのブランドは、製品のデザインや性能、先進性で形成されます。しっかりと製品をコミュケーションし、製品を流通し、特約店が販売していただける体制を構築することが重要です。例えば、この2年ほどのテレビ売り場が象徴的ですが、製品の良さをじっくりご紹介できる環境が無かったといえます。これからは良さとか、違いをきっちりとお伝えしなくては製品が売れない時代がやってきた。製品の発表の仕方や伝え方、店頭での説明の仕方も変わってきた。それに伴い、サプライチェーンやカスタマーサポートも、ソニーファンを作るために重要な要素になってきています。

 また、ソニーには、グループの価値というものがある。これをもっと強めていかないといけません。お互いに高めあうことができる仕組みを作っていくことが必要でしょう。例えば、ウォークマンは日本ではトップシェアを取りました。Xperiaも人気ですし、プレイステーションやVAIOも人気です。こうした支持されるハードウェアとコンテンツを持っているのに企業全体の評価がなぜ低くなっているのか。こうしたソニーが持っている切り札を有効に活用していかなくてはなりません。ここにもお客様とのコミュニケーション戦略の課題があります。

――そうしたコミュニケーション手法は、ゲーム事業を体験したからこそのものですか。

河野:もしかしたら、そうかもしれません。それと米国での経験が長かったので、そこから来ているものかもしれません。ただ、私は明らかに「違う」と感じていることだけは確かなんです。事業のカテゴリーを超えたストーリーを提案していくことと、お客様に伝える言葉でコミュニケーションをとっていくこと、それともうひとつは技術をもっと語って行かなくてはならないと思っています。ソニーの技術をもっと誇るべきです。これはしっかりとお客様に伝えて行かなくてはいけない、という製品が相当数あります。それをもっと簡単な言葉で伝えていきたい。

 私は、ソニーにとって一番大切なのはエンジニアだと思っています。もちろん、セールス、マーケティングは大切です。しかし、私はエンジニア出身ではありませんが、エンジニアをすごく尊敬しているんです。なにかを誰かが作らない限り始まらない。ソニーの存在意義や、ソニーに求められている価値を実現するのは、やはりエンジニアなんです。そのエンジニアがマーケットに向けて、新たなものを投入してくれているのに、それを語らずに、値段と機能の列挙だけに留まっているというのは大きな問題です。それではエンジニアのモチベーションもあがらずに、悪い循環に陥ることになる。

 ソニーにエンジニアとして入社した人は、世の中を驚かすことをやりたいと思って入って来ているわけです。まさに創業者である井深大が語っていた「理想工場」ですね。そういうことをやるんだ、ということを唱い、それを実践しているソニーは、世界中を見渡しても異例の企業だといえます。

 それにも関わらず、理系の就職人気ランキングでは首位ではない。ここでもちゃんと伝わっていないという危機感を感じるわけです(笑)。

 ソニーらしい製品を作り続けるためのモチベーションを持てるような環境を、エンジニアに提供していきたいですね。そして、市場の評価をエンジニアにフィードバックしていきたい。

 例えば、ソニーのネットワークは使いにくいとか、サービスの連動がいまひとつである、という声があることも真摯に受け止めなくてはならないですね。

 また、経営面や業績などについて、マスコミでいろいろと書かれて、社員全体がダメージを受けている。しかし、だからこそ、いまエンジニアにがんばってもらわないとソニーは立ち上がれない。社員には、「SMOJは、失敗を許す、やんちゃな会社にする」ということを言っています。もともと、SMOJはしっかりした会社なので、若手が失敗しようとしても、失敗しないようにまわりがフォローしてしまうという環境がある(笑)。かつてのソニーには、いい意味で「失敗させてみよう」という部分があった。もちろん大失敗はさせられないが、成長につながるならばやらせてみるという風土があった。

 会社のなかに管理的思考の人が多くなっているのは、ソニーに限らず、いまの時流なのかもしれません。電卓をしっかりと叩きながら、管理することは重要なのですが、それは社員全員でやる仕事ではない。数名がしっかりしていれば、あとの人は面白いことを考えればいい。面白いこととは、こういうプロモーションはどうか、こういう流通戦略はどうか、オペレーションをこう変えたらどうなるかといったことです。大量生産の時代には、管理型の経営の方が適している。「これをやれ」といわれたことを全員で一気に進めればいいからです。

 しかし、いまのような右肩下がりのときには、反転材料はなにかを考えていかなくてはならない。そこには新たな発想や、チャレンジする勇気が必要です。伸びているのならばそれを支えればいいが、いまは流れを変えなくてはいけないわけですから、経営にとっては大変なことです。いま、ソニーは反転材料となりうるような「やんちゃ」なことを、やっていかなくてはならないと考えています。ソニーは、そうしたDNAを持った人の集まりだと信じていますし、本当はみんなそうしたことをしたいと考えている。いまの自己を否定することから始まって、会社をよくするんだということに挑んでいく必要があります。

――「やんちゃ」な事例は出ていますか。

河野:本当はみんなやんちゃですから、やんちゃをしてみろといえば、すぐに出てきますよ。SMOJでは、営業所の全社員が参加する対話集会を行なっています。スピーチをしたあとに、仕事のことでも、個人的なことでもいいので質問を受けて、カジュアルな雰囲気のなかで、それに答えるというものなのですが、翌日には参加した社員からたくさんのメールが寄せられる。そのなかに書いてある思いや、提案には面白いものがたくさんあって、そのなかからいくつかを、実践に移したらどうなるかということをすでに検討しはじめているんです。現場との距離感を近づけると、やんちゃなことがやりやすくなる。こうしたことをもっとやっていきたいですね。


■ SCEJとSMOJ共同で初めて取り組む「nasne」。今後の商品展開戦略も

――先ほど、SMOJはOne Sonyの実践の場であるといいましたが、これはどんな具体例がありますか。

nasne

河野:AV・ITとゲームとの融合を現場でどう実践していくかということを考えた場合、その象徴的な製品が、2012年8月30日から出荷したnasne(ナスネ)ということになります。当初は7月16日に発売する予定でしたが、本体に内蔵されているハードディスクの一部に、輸送時に発生したと思われる部分的な破損が確認されたため、全台数を再検査したのちに、改めて出荷を開始しました。

 発売日を延期したことで、多くのお客様、パートナーにご迷惑をおかけしました。

 我々にとっても、nasneは、ロンドンオリンピック開催前に市場に投入して、こういった製品が市場でどう動くのかといったことをベンチマークしたかったのですが、その点でも残念です。

 ただ、このnasneは、SCEJとSMOJが共同で取り組んでいる初めての製品といった言い方もできます。SCEJルートを通じては、当然、ゲーム売り場で展示販売するということになりますが、SMOJルートではPC売り場やタブレット売り場、レコーダ売り場にも提案できるようになる。私は両方の会社にいっているのは、「どういうルートであれ、一人でも多くのお客様にnasneの良さを伝えて、お客様に買っていただきたい。そのためにはSCEJのルートも、SMOJのルートも活用していく」ということです。どちらがどれぐらい売るとかという話ではなく、とにかく多くのユーザーに届けるために、一緒に努力して行こうというわけです。

 両社の社員が参加するプロジェクトチームを作り、いろいろと知恵を使った仕掛けを考えています。このプロジェクトチームでは、両社からプロジェクトのオーナーが参加し、その下に、営業やマーケティング、コミュニケーション、カスタマサポートといった形でワーキングクループを作っています。

 例えば、nasneに関する問い合わせは、SMOJのコールセンターにも、SCEJのコールセンターにも入る。そのときに、同じ情報と同じナレッジをもって対応することが必要になります。この2つのコールセンターは物理的にも違う場所に配置されていますが、ここでバラバラな回答をしていてはお客様の混乱を招きます。外から見ると、地味な内容かもしれませんが、こうしたところをきちっとやっていくことも、これからますます問われることになる。その点では、いいケーススタディになるのではないでしょうか。

――一般的に、ゲームルートとAV機器ルートでは卸率が異っていますね。

河野:nasneでは、そこもきちっとあわせています。これがどちらから仕入れると安い、というような話になると、必ず価格が崩れます。これも初めての取り組みとなります。ゲーム売り場の常識と、家電売り場の常識との違いをnasneは超えた提案をしているともいえます。

 ただ、ここで重要なのは、SCEJらしさや、SMOJらしさといったものが犠牲になってはいけないということです。ソニーのエレキ事業が、ゲームのようになってはいけないし、逆のこともしかりです。それぞれが持つ尖っている部分を生かしながら、そこがお互いの刺激になって影響しあうような関係があるといいですね。

 私が両方を兼務したことで、その取っかかりをつけたいと考えています。そこに私が兼務することの意味があるのではないでしょうか。平井も現場が好きですから(笑)、商戦前になると、一緒に販売店を訪問するのですが、そのときに「市場において、いかにOne Sonyを実現するか」という話になります。それぞれの事業のユニークさを消さないようにして、One Sonyをどう見せていくかが鍵になります。

――相反する要素のようにも感じられますね。

河野:場面ごとに、「主役はやはり主役である」ということを明確にすることだと思います。ゲームの利用シーンでは、プレイステーションやPS Vitaが主役で、そこにつながる機器はわき役になる。BRAVIAにしても、VAIOにしても、テレビやPCの世界ではそれぞれが主役になり、そこにほかの製品がつながる。ソニーでは、数多くの製品がつながることを強調していますが、「なんでもつながる」ではなくて、それぞれのシーンや、お客様によって真ん中に主役がいて、それによって個人それぞれの環境が出来上がる。

 ある人にとってはプレイステーションが主役ですし、BRAVIAやVAIOが主役の人もいる。VAIOにnasneがつくとこんな楽しいことができる、BRAVIAにつながるとこんな使い方ができるという提案も必要になります。そして、nasneが中心という人もこれからは増えていくでしょう。実はnasneを主役にすると絵が描きやすいという特徴もありますね(笑)。いろいろな提案ができますから。ただ、最近ではスマートフォンを主役に据えるという人も増えています。

 それぞれのシーンで主役が異なり、それをリスペクトするということが重要です。絵を描いたときに、「主導権争い」とか、「どっちが主語か」というような議論をするのではなく、それぞれの場面で主役が入れ替わればいいと思っています。

ネットワークレコーダとメディアストレージの2つの機能が中核ネットワークレコーダとしての主な特徴PS3のほか、Vita、Sony Tablet、Xperiaなどさまざまなソニー製品と連携

――nasneはこれからのソニーにとってどんな位置づけを担うことになりますか。

河野:nasneに対する認知度は少しずつ高まっています。それはゲームユーザーだけでなく、AV・IT分野のユーザーにも広がってきている。ユーザーの広がりの中心にいるというのが、nasneのいまのポジションです。そして、これは内部的な言い方になりますが、SCEJとSMOJの距離を近づける役割を果たす製品にもなります。先ほどnasneのプロジェクトチームの話をしましたが、2社がお互いに関係を強化しながらビジネスを行う体制がこれによって実現しているわけです。

――SMOJとSCEJとの連携を強化するという内部的な役割だけを捉えれば、nasneも河野社長の立場も変わりませんね(笑)

河野:確かにそうかもしれません(笑)。これは偶然の産物といえますね。いや、もしかしたら必然だったのかもしれません。nasneの製品企画をしていたときには、私がSMOJの社長を兼務するという話はまったくありませんでした。人事や組織の動き、製品の開発とローンチのタイミングが重なって、こうした結果になったといえます。両社がぶつかって、市場で価値を生み出せるような活動ができればいいと思っています。

――SMOJでは、今後の商戦での戦い方として、どんなことを考えていますか。

BRAVIAの上位機「HX850シリーズ」

河野:単価が下がるなかで、台数を売ってそれをカバーするという手法はなかなか成り立たない。そうすると、ソニーとしては、価格が受け入れられる製品をきちっと出さなくてはならない。

 液晶テレビでいえば、HX850シリーズに代表されるような付加価値モデルで、その領域においてシェアをとっていくことになる。ハンディカムにしても、デジタルカメラにしてもそういう領域から攻めていく。そして、そのなかにはソニーの強みであるイメージセンサーが入っている。そうした製品をちゃんと売っていきたいですし、しっかりと判断してもらえるような提案をしていかなくてはならない。量を追うのではなく、バリューを提供するのがソニーのやり方です。年末商戦に向けても、そうした姿勢を貫いていきたいと考えています。

――当面の重点製品はなんですか。

世界初の積層型CMOSイメージセンサー「Exmor RS」3モデル

河野:ソニーのビジネスがうまく回っているのかどうかの評価を下す上でポイントとなる製品は、デジタルイメージングではないでしょうか。そして、nasneも重要な製品になります。もちろん、市場が縮小している薄型テレビにおいて、付加価値モデルがどう動くかという点や、VAIOもWindows 8発売前夜という段階に入り、発売まで買い控える人がいますから、短期的にはそのなかでどう提案していくかといったことも重要ですし、Windows 8でいかにソニーらしさをどう表現するのかといったことも重視される要素です。

IFA 2012において発表されたWindows 8搭載のUltrabook「VAIO Duo 11」(左)とタブレット「VAIO Tap 20」(右)。いずれも価格や日本での発売予定は未定
セガ「初音ミク Project DIVA f」とコラボレーションした「PlayStation Vita 初音ミク Limited Edition」(PCHJ-10001)

 しかし、こうしたなかで、デジタルイメージングは、付加価値を明確に提案できる製品ですし、市場全体の注目も集まっています。ここでの存在感を高めていく必要があります。また、nasneに関しては、単に売れただけでは面白くなくて(笑)、nasneとVAIOの組み合わせによって、どんな価値が提案できるのか、nasneとタブレットを使って、新たな使い方提案ができるとか、そうしたことをしたいんです。

 もうひとつ、SCEJの観点からいうと、プレイステーション向けにかなりいいタイトルが揃ってきます。そのひとつに、8月30日に発売するPS Vita対応の「初音ミク Project DIVA-f」があります。これは非常にユニークなタイトルで、これによって大きなモメンタムを作りたいと考えています。これはSCEJが元気であるかどうかのバロメータになると捉えてもらっていいと思います。



■ 河野カラーの経営スタイルは「参加型」

――SCEJでの経験が、SMOJの経営に生かせる部分はなにかありますか。

河野:コンテンツを活用し、それを大事にするというカルチャーです。SCEJは、まずはコンテンツありき。ハードウェアはコンテンツの魅力を引き出すためのものであり、コンテンツをどう生かすかということばかりを考えています。これからのネットワーク時代において、このノウハウをSMOJのなかに浸透させていきたい。

 実は、その逆もあるんです。SCEJの社員が、SMOJから教えてもらっていることは結構あるんですよ。例えば、ネットプロモータースコア(NPS)を使い、SMOJも、SCEJも顧客満足度の測定に取り組んでいるのですが、SMOJがこれを先に活用していたこともあり、やり方に深みがあり、ノウハウを持っている。この部分は、SCEJの社員が、SMOJに来て、レクチャーを受けています。

 正直なところ、SCEJではNPSの活用にちょっと行き詰まり感がありましたから(笑)、SMOJから刺激を受けて、もう一歩踏みだそうとしている。また、ビジネス上のリスクヘッジの仕方では、SMOJにいいものがあるので、これも勉強してもらっています。こうしたお互いに学ぶという環境ができあがりつつあります。

――ところで、河野カラーの経営スタイルとはなんですか?

河野:ひとことでいえば、参加型ではないでしょうか。私は、ソニーに入社して最初の仕事が秋葉原の担当ですし、その後、東欧市場での立ち上げに関与したあと、帰国後に本社で経営企画や社長室勤務を経験した。そこで、様々な経営スタイルをみてきました。

 トップダウンの強烈なスタイルを持つ経営者や、協調型で仕事を進める経営者もいますが、私は「参加型」のスタイルだといえます。むしろ、「参加させる型」(笑)といった方がいいかもしれません。ある物事を進めるときに、役職とか経験とかではなく、一番いい人選、いい方法で進めるという手法をとっています。そのために、まずは社員が参加しやすい環境、モノを言いやすい環境を作らなくてはならないですね。

――積極的に対話集会を実施しているのも、そうした観点からのものといっていいですか。

河野:そうですね。

――参加型の手法は、河野社長のかつての経験が生きているのですか。

河野:私は、大学時代に野球部に所属していました。150人以上の大所帯のチームです。チームへの貢献の方法は、野球をやっている限り、選手としての貢献が一番幸せですが、なかにはそれが叶わない人もいる。

 私はプレーヤーであるとともに、1年生、2年生の監督も兼務していたのですが、そのときに、多くの人に役割を割り振って、その人たちがいないとチームが回らないという仕組みを作った。その時には、ある人には、「あなたは選手としての貢献がないので、こっちで貢献してほしい。それを選択してほしい」ということを言ったのです。これはかなり厳しい言葉です。しかし、裏を返せば、全員がチームに必要な人材であり、そこで役割を果たしてほしいということでもあるのです。

 こうしたことを、体育会系という、ある意味、乱暴な組織のなかで(笑)、試行錯誤してきた経験がありました。ここで、全員で組織を動かす大切さを知りました。SMOJはそれに近いものがある。みんなの力が必要です。それにも関わらず、社員の一部に参加意識がなかったり、しらけていると、強い組織にはならない。社員が参加したくなるような経営をやっていきたい。それがSMOJを強くすることにつながると考えています。

(2012年 9月 6日)

[Reported by 大河原克行]


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき)
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など