西田宗千佳の
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加入者無料。WOWOWメンバーズオンデマンドの狙い

~「個の時代」のペイテレビを目指すWOWOW~


WOWOW・デジタルコンテンツ室長の山本均氏

 WOWOWは7月2日より、タブレットやスマートフォンでWOWOWのコンテンツを楽しめる「WOWOWメンバーズオンデマンド」をスタートした。いわゆるビデオ・オンデマンドサービスではあるが、対象はWOWOW加入者限定。だがそれだけに、内容はかなり盛りだくさんなものになっている。

 WOWOWが、このサービスをスタートさせた理由はなんだろうか? このサービスの開発と運営を統括する、株式会社WOWOW・デジタルコンテンツ室長の山本均氏に話を聞いた。



■ 登録は簡単、画質も良好。コンテンツ増加ペースも速い

 WOWOW側の狙いを聞く前に、まず、WOWOWメンバーズオンデマンドの概要を知っておこう。

 冒頭で述べたように、このサービスはWOWOW加入者限定のもの。WOWOW加入者は、まずウェブから「WOWOWメンバーズ」に登録する必要がある。後は、対応端末でアプリをダウンロードし、アプリ側にWOWOWメンバーズのID・パスワードを登録すれば、サービスが使えるようになる。少々特殊なのは、自らの個人情報の他、WOWOWを契約している「お客様番号」を入力しなければいけないことだ。これは、このサービスがWOWOWの契約者専用のサービスであるからだ。

 後は、IDの入力も決済もない。アプリから見たい番組を選んで視聴するだけだ。視聴形態はいわゆるストリーミングのみで、ダウンロードやキャッシュには対応していない。アプリは現在、iOS用(iPhone・iPad両対応のユニバーサルタイプ)とAndroid用が公開されている。Android用については、順次対応機種が追加されている状態で、新しい端末では「この端末はまだ未対応である」というメッセージが出て視聴ができないこともあった。対応端末のリストはWOWOWメンバーズオンデマンドのウェブで確認してほしい。

 見られる番組の種類は、「ライブ」「見逃し」「ライブラリ」の3つ。「見逃し」はWOWOWで放送された番組のいわゆる「見逃し配信」で、「ライブラリ」はWOWOWが制作に関わった番組が中心。そして「ライブ」は、衛星放送であるWOWOWで放送される一部のスポーツ中継を、放送と同時にライブで視聴できるものだ。実際、WOWOWメンバーズオンデマンドのサービス開始は、UEFA EURO 2012 サッカー欧州選手権のライブ配信という形で、フルサービスの開始を待たず、6月8日より先行配信という形でスタートしている。

視聴可能な番組は、「ライブ」「見逃し」「ライブラリ」の3つのタブに分類されている。特にWOWOWが推している作品については、上部の大型バナーで告知も。「ライブ」については配信日時なども表示される

 スタートした7月初旬こそ、コンテンツの量はさほどでもなかったが、その後配信対象は日々追加されている。

「ライブ」は海外でのプレイ時間の関係から深夜の中継が中心。リーガ・エスパニョーラにLPGA女子ゴルフツアー、全米オープンテニスなどがラインナップされており、配信日時ももちろん指定されている。

「ライブラリ」には、WOWOW制作のオリジナルドラマ「ドラマW」の作品を中心に、ドキュメンタリーや舞台中継がラインナップされている。

「見逃し」は、WOWOWの番組のうち、見逃し配信の権利許諾がなされている番組が並んでいる。後に「ライブラリ」に並べられることになるドラマWの新作や、一部の海外ドラマと映画などを揃えている。

番組を選ぶと、そこから再生対象がさらにピックアップされる。ドラマのように複数話ある場合には話数選択が、映画の場合には、字幕版・吹き替え版の選択も表示される

 配信画質の詳細は公開されていないが、内部的には、3Gなどの低速回線用の低解像度なものから、HD解像度を下回るがiPadで見るには十分な程度の映像(おそらく720pを多少下回る程度のものだろう)までが用意されており、回線速度によって切り替えながら利用されているとのこと。

リーガエスパニョーラの試合の再生画面。テレビ放送ほどの画質はないが、無線LAN(実効で数Mbpsあれば十分)なら、選手もしっかり見えて、問題なく快適だ

 3G回線下では画質もそれなりだが、自宅はもちろん、ホテルなどの固定回線が使える場所でならば、十分満足できるレベルだ。スポーツなどでも、圧縮ノイズはそう目立たず、かなりしっかりした画質で楽しめる。回線が維持されている状況であれば、映像が呼び出されるまでの時間は数秒から十数秒かかり、ライブ中継の遅延もおおむね同じくらいだ。

 1契約で同時に視聴できる端末は1つに制限されている。しかし、同時でなければ他の端末からの視聴も可能で、「iPhoneで視聴していた番組の続きをiPadで見る」といった形にも対応している。端末認識の時間が必要であるためか、視聴端末の切り替えにはちょっと時間が必要であるようだが、実用性を削ぐようなものではない。なお、ID・パスワードを登録できる端末数は3つに制限されているため、その点は留意しておく必要がある。

 WOWOWで放送されているすべての番組がリアルタイムや見逃し配信で視聴できるわけではない。だが、このサービスで見られるのは、WOWOWが制作や配信に強く関わっている「WOWOWでしか見られない、オリジナリティの高い番組」が中心になっている。それを、加入者ならば追加料金なしに楽しめるというのは、十分に価値のあることだと感じる。



■ HBOをベンチマークに日本でも、タブレット対応で「個」の時代に対応

 このような「加入者限定オンデマンドサービス」は、日本の場合まだあまり例がない。そのため、「画期的だ」「よくこれだけのことを」と言われることがある、とWOWOW・山本氏は、言う。だがそれに対し、山本氏ははにかみつつも次のように答えているという。

山本氏(以下敬称略):珍しい、と言われるんですが、海外ではもう普通に存在するものです。我々独自の試みかというと、そうではないんですよ。

 アメリカでもイギリスでも、オンデマンドによるテレビの見逃し視聴サービスは急速に普及してきています。WOWOWメンバーズオンデマンドのような見逃しネット配信は、日本でこそまだまだ珍しいサービスです。しかしアメリカの場合、CATVに加入すればごく普通についてくるサービスになりはじめています。だとすれば、同じものは日本でも一定のニーズがあるでしょう。

 我々は創業時から、アメリカのHBOを研究してビジネスをやってきました。彼らがWOWOWメンバーズオンデマンドと同様のサービスである「HBO Go」をスタートした後、解約率が下がった、という情報もあります。

 HBOを指針としてきた我々も、同様のサービスを導入すべきだ、やらない理由はないだろう、と考えた、ということです。

 山本氏の言う通り、現在海外では、テレビ番組の「見逃し配信」が完全に定着しつつある。特にタブレット向けについては、タブレットを使う一つの理由である、と言われるほどに価値を認められている。

 WOWOWがベンチマークとしてきたHBOは、タイムワーナーグループ傘下で、CATVの中でも追加料金が必要な「プレミアチャンネル」的位置づけ。日本では「バンド・オブ・ブラザーズ」や「セックス・アンド・ザ・シティ」などのドラマを制作している会社としての方が有名だろう。プレミアチャンネルであること、オリジナル番組とスポーツに積極的であることなど、WOWOWとの類似性は非常に高く、彼らがお手本としてきた会社でもある。

 HBOは2011年4月末より、主にタブレット向けに見逃し配信を行う「HBO Go」というサービスを提供しており、これのWOWOW版を目指したのが「WOWOWメンバーズオンデマンド」、ということになるのだろう。

 他方で、WOWOWとしての独自の狙い・もくろみも、もちろんある。オンデマンドを行なう、ということそのものはHBOからインスパイアされたものではあるが、ネット配信をサービスに組み込んでいくという点は、WOWOWが進化していく上で選択された戦略の一環でもあった。

山本:2011年10月に、ついにWOWOWはBSで3ch・ハイビジョン完全放送に移行しました。BSで我々はずっとやってきたわけですが、おそらく今後、BSの中でチャンネルが増えるということはないでしょう。そういう意味では、BS放送の拡張としては、ある意味ゴールに到達した、と言えます。

 我々はそこで、値上げは選択しませんでした。現状、ペイチャンネルとしての放送にできる範囲では、No.1といえるものをご提供できていると自負しています。しかしこれからの競争の中で、いままでのままで行けるだろうか? という疑問があります。競争に打ち勝っていくには、さらなる拡充は避けられない。お客様に、毎月2,415円お支払いいただくには、拡充は必要でしょう。

 その発想の中でなにかあるか、という検討の中で、こういうオンデマンドサービスを会員限定・無料で行うのが、今後もWOWOWがお客様に選ばれ続けるには必要だろう、と判断して、スタートすることにしました。

 WOWOWはBSもしくはCATV配信でサービスを展開している事業者だ。放送であるがゆえに、WOWOWは他のサービスと比べてても、高画質・高音質を謳うことができており、それがもちろん魅力でもあるのだが、そのことが制約の一つにもなっている。

山本:これは日本特有の事情ですが……。アナログ時代は「デコーダ」が必要で、デコーダをつないだテレビで視聴ができました。逆にいえば、つないだテレビでしか見られないわけです。それがBSデジタルの時代になって、なんとかデコーダは不要になりましたが、B-CASカードで管理をしている関係上、基本的にはB-CASカードを挿したテレビもしくは録画機でしか、WOWOWはご覧いただけない。

 今のテレビに存在する「限定受信」という仕組みを考えると、テレビの前に縛り付けられてしまうわけです。WOWOWを見たければテレビの前に来なければいけない。

 WOWOWがスタートした頃は、日曜8時の「メガヒット劇場」が看板番組で、この時間にみんなでテレビの前に座る、もしくは録画したものをみんなで見る、という形を想定していました。そういう時代だったわけですが、現在はセカンドスクリーンの時代になり、一人一つずつ、スマートフォンやタブレットを持っているのが当たり前になっています。やっぱり「世帯」から「個人」に大きく時代が動いている。

 今までの「デコーダ」や「B-CASカード」がないと見られないままのWOWOWでは、「パーソナル」「個」の時代には対応できない。対応するには、タブレットやスマートフォンに対応しなければいけない、という要素もあったのです。

 すなわち、「BSの次の施策」「海外での見逃し配信の成功」「個の時代への対応」という3つの条件から考えたのが、アプリによる各端末へのストリーム形式によるビデオオンデマンド、ということになるのだ。

山本:タイミング的には、(2011年10月の)3chスタートからなるべく早い時期に、と考え、準備は重ねていました。それに加え、6月にはEUROがあります。4年に1度のビッグイベントで、ヨーロッパではライブ配信をガンガンやっています。現在やっている(注:取材は8月上旬に行なわれた)オリンピックも同様です。だとすれば、WOWOWもライブ配信からスタートすれば非常にいいだろう、と考え、最初から6月のサービスインを、という前提で進めてきました。

 色々なところで、「なぜNHKや地上波のように追加料金を取らないのか」とも聞かれるのですが、そこは端からそういう思想じゃないところからスタートしている、ということなんですよ。

 WOWOWメンバーズオンデマンドを開始する上で、山本氏達開発チームが考えたことがいくつかあるという。そのうちの一つが「PCよりもタブレットを先にやる」という判断だ。

山本:PCよりもスマートフォン・タブレットを先行させる、という判断をしました。いずれPCでもサービスを行なう予定ではいますが、まずはタブレットから、ということです。

 ビデオオンデマンドの歴史はパソコンから始まっています。日本の場合、地上波さんもNHKさんもパソコンからスタートしています。WOWOWとしては、後から出てきてこのようなことを言うのはなんなのですが、どうせ後発ならば(笑)、最初からタブレットを狙ったんです。

 要は「線、つながなくていいですよ」というところから始めたかったんです。テレビじゃ必ず線が必要ですよね、電源にしてもアンテナにしても。パソコンも、だいぶ線をつなぐ人は減っていますが、電源なりネットワークなりで線をつなぐ率は高い。でもタブレットはそうではない。

 とにかくまずはスマートフォン・タブレットからはじめようと考えたのは、そうすることで、テレビの見方が完全に「個人」に移っている、という現状に合わせられるのでは、と考えたからです。これからは、一人一個ずつスクリーンを持つのが当たり前になるでしょうから。


■ 有料放送を「見てもらう」ための仕組み、重視した「WOWOWらしさ」

 そういった考えの根幹にあるのは、「有料放送とはどういう存在であるか」という発想。地上波などの無料放送とは違う、という考え方だ。

山本:有料放送は、コンテンツに触れていただかなければ、お金を払っていただけないメディアです。「この放送に来月もお金を払おう」とは思っていただけないメディアなのです。WOWOWをだんだん見なくなると解約してしまう。

 少しでもコンテンツに接触してもらおう、という時に、時間と場所を選ばない、ということは非常に重要である、ということです。

 放送というのは「ファーストラン」(初回放送)優先。新しいものが優先なんです。ドラマで言えば新作の放送ですし、映画で言ってもできる限り封切りから近い時期での放送が優先です。今、WOWOWシネマでは、石原裕次郎をやったり黒澤明をやったりと、ライブラリも充実させてはいますが、それは映画特有のものです。海外ドラマにしろ普通のドラマにしろ音楽ライブにしろ、新しいものをどんどん提供していくのが責務です。それはWOWOWも地上波さんも変わらないでしょう。

 しかし、WOWOWメンバーズオンデマンドでは、「ライブラリ」の中に、過去の「ドラマW」を順番に公開していっています。いずれは「ドラマW」は全部上げようと思っています。

 そうすると、WOWOWに加入した方が、加入した時点で、過去のWOWOWのライブラリーも見られるようになるんです。「過去のWOWOWの番組も見られる」というところが、WOWOWにお金を払っていただく意味になれば、さらにいいじゃないですか。タダで借りられる図書館のようなものです。

 他の放送局系オンデマンドサービスにも過去の作品はたくさんありますが、それを見るにはお金を支払わなくてはならない。それは、レンタルビデオストアに行って借りるのと同じことですよね。WOWOWのドラマWなども、レンタルビデオに行けば(DVDが)あるんですよ。

 でも「見たければそれを借りてください」というのは、加入者にとっては、本当の意味でのペイテレビのサービスではない。WOWOWの場合には、「加入していただければ過去のコンテンツもタダで見られますよ」という形にするのが、ある意味サービスの向上ではないか、と思うのです。

 ですから現在、徹底的に過去の作品を、色々な側面で調整を行なって、オンデマンドに上げていこうとしています。WOWOWはずっとオリジナルのコンテンツを作ってきましたが、その資産価値の有効活用、ということにもなると思います。ドラマもドキュメンタリーもアニメも、過去のものにさかのぼって対応を進めています。これがステップ1です。

 有料で提供するのか、加入者限定ではあるが無料で公開するのか、という点については、WOWOW内部でももちろん色々な検討がなされたという。だが、結果的に彼らが選んだのは「加入者無料、しかも過去のコンテンツまで無料」という形だ。

山本:「本編は出さずに予告だけ出して加入増に使ってはどうか」だとか、「第1話だけ無料で見られるようにして加入に使ってはどうか」というアイデアもあり、検討はしてきました。

 でもいろんな議論の中で、結局は「ペイテレビとしての意義はなにか」ということに立ち返ります。

 地上波のテレビはCMをつけて、タダで放送しているものを、わざわざオンデマンドに上げるわけです。だからといって、「テレビでタダなんだからネットでもタダで」とはならないわけです。CMでの無料モデルにもなっていないのですから。CMによる無料放送モデルだから、そうでないネットではあえて有料でやっているのでしょう。

 じゃあその中で、どうやってWOWOWが独自の地位を確保できるのか? 「有料放送のパイオニアだよね」と言っていただくには、それなりのブランドというか、サービス力が必要だと考えます。そのためには、こういう(加入者無料の)サービスを先陣切ってやっていくということに意味があるのではないか、ということなんですよ。

 そういう意味でも、HBOやBBCが海外でやっているモデルを、先陣切ってWOWOWがやる、というところに繋がってくるんです。世界で言ったら新しくもなんともないサービスなんですよ。でも、それを日本では先にやることに、WOWOWの存在価値があるんじゃないかな、と思っているんです。

 山本氏は「正直、そんなに複雑な話ではないんですよ。なにがWOWOWらしいのか、というだけの話で」と笑う。

山本:そもそも、オンデマンドサービスで多少のお金をいただいたところで、ブランドイメージは上がりませんよ。WOWOWなんかだと「経営が苦しいのかな」と思われる程度で(笑)。そうやってお金をいただいても、本当にお客様が喜んでくれるか、というと微妙。「またお金を取るのか。だったら再放送してよ」と言われるだけですよね。

 正直加入者無料とする上で、大量の事例を集めて経理的なシミュレーションを重ねて……という判断ではないんです。進むべき道を考えると、「これがWOWOWらしさ」かな、と。もう、ハードディスクやサーバーのコストはどんどん下がっているので、その面でのコスト負担は問題ではなくなっていますし。

 これも大きな点なんですが……。ビデオオンデマンドを使うのって、面倒くさくないですか? ID入れろ、パスワード入れろ、決済方法入れろって……。すごくオペレーションが面倒くさい。

 今回のサービスのいいところは、オペレーションがとにかくシンプルなことです。最初にID・パスワードさえ入れれば、もう聞かれることもなく、簡単に配信が始まる。使い勝手の良さは重要です。最初からこういうやり方をすれば使い勝手は良くなる、という確信はありました。

 意外にそういうところ重要じゃないですか? やっぱりSVOD(筆者注:サブスクリプション・ビデオオンデマンドの略。Huluやバンダイチャンネルなどの、定額見放題型のオンデマンドサービスのこと)の方に流れていくだろうな、とは思います。毎回購入操作をするのは面倒ですからね。


■ テレビとの棲み分けも重視、権利処理は課題だが「進める」

 インターネットの世界にWOWOWが出て行くことになれば、気になる点が2つ出てくる。

 一つは、BSで放送しているWOWOWをそのまま、リアルタイムでネット配信することはないのか、ということ。

 一つは、WOWOWメンバーズオンデマンドを「テレビで見る」ことは可能にならないのか、という点である。

 すなわち「経路としての放送から離れる」可能性について、と言える。

山本:WOWOWプライムやWOWOWシネマをそのまま配信するのは、現実的には難しいです。

 ご存じのように、WOWOWは我々の作った番組だけでできあがっているのではなく、映画など他の権利者から購入している番組がありますから、権利的に難しい。どの番組がどうこうというよりも、これだけの数を放送していると、「ネットには出すべきでない」とされているものもある、ということです。

 我々はWOWOWメンバーズオンデマンドを「(3chのサービスに続く)4つめのWOWOWのサービス」と考えています。このようなサービスをやる時には、テレビとは違う考えでやるべきだ、と思っているのです。

 テレビをそのまま出してしまっても「やっぱりテレビの方が画質はいいね」と言われるだけ。フルハイビジョンの高画質なコンテンツを見ることを考えると、やはり一番いいのはテレビで、放送の形で見ることです。同じ土俵に上がると魅力がなくなってしまうのではないか、と考えています。だったらやはりテレビと違う切り口でやるべきでしょう。

 世界でも、この種のサービスで普及しているのは「見逃し」です。放送直後から、見逃した人も見られるような形で配信することで、はっきり言えば「録画しなくて良くなる」んですから。ですからまずをそれをちゃんとやりましょう、と。

 現在はスマートフォンとタブレットへの対応が優先です。特に今は、Androidの対応機種を増やすところを中心に行っています。そして、その次の段階になりますが、次はパソコンに対応します。その後はゲーム機に対応することになると思います。さらにその次として、スマートTVに対応することになるでしょう。

 スマートTVに対応することになると、なおさら放送とは違うサービスを用意しないといけません。多分、見逃しやライブラリが重要になるのでしょう。将来いつスマートTVに対応することになるのかはわかりませんが、それまでには、ライブラリを相当数充実させなければ、と思います。それこそ1,000本、2,000本と増やして、それでも加入者であればタダ、という形にしないと。

 これはまだ本当かどうかよくわからないのですが、オンデマンドをやると結局テレビに帰ってくる、と、アメリカなどでは言われはじめています。オンデマンドでコンテンツに触れておもしろさに気づき、またテレビに帰ってくる、という形です。そういう相乗効果が生まれてくれれば、と思います。

 サービスの拡充という意味で、やはり重要なのは「コンテンツの増加」だ。そこで必要なのはもちろん権利者との交渉である。

山本:海外は意識が進んでいて仕組みができていますから、見逃し配信などはどんどん増えていくと思います。

 重要になるのは、国内ものの権利ですね。この点については、まだ見逃し配信についての理解が浸透していなかったりしますので。逆にWOWOWとしては、独自のサービスとして理解していただき、支持を広げていかなければな、と思います。国内には国内のルールができつつあるので、それに合わせていかなければなりません。

 1つ1つ(権利の問題を)処理して行かない限り、上げられないんですよ。正直、地道にやっていくしかないです。逆に言えば、これからのプロデューサーは、最初っからオンデマンドでの配信も含めて使えることを前提に処理をしていかないといけないでしょう。もちろん「そんなこと考えないでいいものを」という発想もあるんでしょうが、放送されて消えていくのではなく、自分のプロデュ-スした番組を「放送されたあともずっと見て欲しい、残してほしい」のであれば、最初から権利処理しないといけない。そういう意識に変わっていかないといけないでしょう。

 正直、簡単に解決できる問題ではないんですよ。全部、ひとつひとつ変えていかないと。そういうことが、コンテンツを増やすことに繋がっていくのだと思います。

 なおネット配信が充実すると考えると、「オンデマンドだけでいい。BSの方は契約しない、というオプションはないの?」と考える人も出てきそうだ。だがこの点については、「現時点ではその予定はありません。あくまでメンバーズオンデマンドは放送付帯サービスという位置づけなんです。」と山本氏は言う。


■ 画質・安定性をまず重視、タブレットで生まれた「新しい口コミ」の形

 他方、この種のオンデマンドサービスといえば、ソーシャルネットワークとの連携が気になるところだ。現状でも、見ている番組をTwitterやFacebookで共有する機能は搭載されているが、番組を見ながらつぶやきが見れる、といったような、高度な機能は搭載されていない。そういう可能性について、山本氏は「優先順位の問題」と話す。

ソーシャル連携はTwitterの投稿程度

山本:たとえタブレットといえど、まずはWOWOWのブランドとして画質にこだわりました。色々な機能は考えられると思いますが、まずはいろんな機能をつけずに、徹底的に見てもらうことにこだわりました。

 これはあくまでファーストステップですが、やはり画質へのこだわりを捨ててはいけないだろうな、と思います。

 現在は一つのアプリでやっていますが、今後は「ドラマ専用」とか「鉄道系番組専用」といった形で、アプリを分けていく、という方法もあるでしょうね。どちらにしろ、色々な方法は考えられるとい思います。

 ネットの場合、アプリで対応していけばテレビではできないこともすぐにできます。一気に機能を付け加えずとも、お客様のニーズを見極めてやっていけばいいのですから。不評だったら止めればいいんです。終わりなきサービスの世界で、ネットの世界はおそろしく、放送よりも軽くできるな、と感じています。ある意味しんどい仕事をひきうけたな、とは思いますよ。

 正直なところ、ニコニコ動画のまねをしても、僕たちでは彼らに勝てません(笑)。地上波も浸透度はやっぱりすごくて、地上波キー局と同じ土俵に上がっても、やっぱり勝てませんよ。

 これからどうハードが進化するかも予測できませんし、しないことにしました。

 色々とアイデアはありますが、それが本当にお客様に喜ばれるのか、が重要です。WOWOWがやるので、安定性は担保されていないといけないかな、と思っています。やっぱり、ちょっと遅れても、安心・安定サービスが重要かと。

 そんな中で、「タブレット」を使ったがゆえに、WOWOWにとって新しい可能性が生まれている、と山本氏は言う。むしろそれは、ネット上の「ソーシャル」よりも「社会的」な形だ。

山本:幸い、WOWOWメンバーズオンデマンドは好評に受け入れられていると思います。サービスの広げ方としても、こちらから仕掛けるよりも、加入者を経由して「便利だね」とひろがっていった方がいいだろう、と考えているところです。加入者しか使えないサービスですからね。

 これで実現したのが「リアルな口コミ」だと思っているんです。

 これまでWOWOWには「WOWOW非加入者には話が通じない」という欠点がありました。「あのドラマがすごかったんだよ」「あのゴールが良かったんだよ」と言っても、番組を録画してDVDに焼いて渡す……ってところまでは、なかなかしないですよね。

 でもタブレットだったら、非加入者にも実際に見せられるんですよ。

 「昨日のメッシのゴールがすごくてさ。ほら、こんな感じ」っていう風に。

 実はですね、この仕事以前に「ドラマW」の立ち上げプロデューサーをやっていたんですよ。すごくこだわって作っていて、みんなに見てもらいたかった、紹介したかったんですけど、これでWOWOW非加入者にも「ちょっとこれ見てよ」と言えます(笑)

 WOWOWの加入者が非加入者にコンテンツを見せるということが、これでようやく実現するんですよ。これが、パソコンよりもタブレットを優先した理由です。ネットで一人しか見ないとか、SNS上でバーチャルなコミュニケーションを、ということ以上に、「手にとって渡す」ということで説明できる広がりを大切にしたいです。

 加入者同士でも同じように「これおもしろかったよ」とコミュニケーションをとってくれるようになれば、よりコンテンツの価値が広がり、意味の深いコミュニケーションになると考えています。

 WOWOWは、国内ペイテレビとして、プレミアムコンテンツの提供元として定評がある。だがその価値は、やはり「見た人」にしかわからないものだ。ペイテレビは「見る人を限定する」ことに価値を持つサービスでありながら、人に広げるには「広く見せねばならない」というジレンマを抱えていた。

 タブレットとオンデマンドという形態が、そのジレンマの解消に繋がるのだとすれば、それは「映像を見る」ことについて、新しい広がりを生む元になる、と言えないだろうか。

告知

西田氏の新刊「漂流するソニーのDNA
プレイステーションで
世界と戦った男たち」が8月23日に発売。
'08年発売の「美学 vs. 実利」のver.2として、「ゲーム機という家電システムを世界に問い、新しいコンピュータの創造を目指した人たちの戦いと敗北、復権への試み」をレポート。1,680円。

(2012年 8月 23日)


= 西田宗千佳 = 1971 年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う?世界で勝てるデジタル家電」(朝日新聞出版)、「知らないとヤバイ!クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?」(徳間書店、神尾寿氏との共著)などがある。

 個人メディアサービス「MAGon」では「西田宗千佳のRandom Analysis」を毎月第2・4週水曜日に配信中。


[Reported by 西田宗千佳]