“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第559回:遂に1080p撮影対応。新iPadを映像視点でチェック

~超高解像度化が動画に与えるインパクトとは?~


■ディスプレイだけじゃない新iPad

64GBの4Gモデルの新iPad

 3月16日に日本でも発売になった新iPad。3世代目だから「iPad 3」ではないかと噂されていたが、世代を表わす数字表記は「iPad 2」までで、これからは新型が出てもただの「iPad」になるという。そうなると、さらに次が出たときに、現在新iPadと呼ばれているコレはどう呼べばいいのか悩むところだ。「新iPadだったやつ」とか呼ぶことになるのだろうか。

 さてその新iPadだが、すでに発売から2週間あまりが経過していることもあり、様々なレビューが登場しているが、評価が集中しているのが9.7型、2,048×1,536ドットの高解像度Retinaディスプレイのすばらしさである。従来が1,024×768ドットだったので、縦横が丁度2倍、密度としては4倍だ。

 これにより最も衝撃を受けているのが出版業界で、いよいよ「紙は終わった」と腹をくくる時が来たとの意見が散見される。もちろん文字の見やすさは特筆すべき点ではあるが、AV的に見た場合、今回の内蔵カメラがいよいよフルHD解像度で動画撮影できるようになったところは、見逃せないポイントだ。

 同時に動画編集用アプリ「iMovie」もアップデートされ、写真に関しては、「iPhoto」も新しく登場した。今回はAV機器として新iPadの実力をいろいろ検証してみよう。



■見た目は一緒でも中味は別物

背面カメラが「iSightカメラ」

 今回お借りしたレビュー機は64GBの4Gモデルだ。すでにハードウェアとしての特徴は様々なメディアで紹介され尽くしているので、ここでは改めて取り上げないが、動画撮影となるポイントの部分だけ押さえておこう。

 まずカメラだが、背面がメインカメラで、iSightカメラと呼ばれている。静止画5メガピクセル、動画は1080/30pの撮影が可能。

 レンズは5枚構成で、F2.4。構成とF値だけみれば、iPhone 4Sの時と同じだ。分解記事によれば、センサーはiPhone 4と同じ「Omnivision OV5650」で、裏面照射であるとされている。つまり新iPadのカメラは、iPhone 4と4Sのハイブリッドということになる。

 液晶面のカメラはほとんど誰も注目しておらず、スペックもあまり公開されていないため詳細がよくわからないが、こちらはFaceTimeカメラという名称だ。VGAサイズの撮影ができるとされている。

 マイクはこのFaceTimeカメラの上に付けられており、モノラルである。一方スピーカーはiSightカメラからまっすぐ下に下がった位置に仕込まれており、こちらもモノラルだ。


ほとんど注目されていないFaceTimeカメラマイクは本体てっぺんの小さい穴スピーカーもモノラル

 まずカメラ性能から調べていきたいところだが、現時点で困るのは、iPadを三脚に乗せるためのベストなガジェットがあまり無いというところである。車載用に、ダッシュボードに吸盤で固定するようなホルダはあるのだが、吸盤部と一体成形なのか、それとも途中で外れて加工できるのか、三脚に乗せるためにはそのあたりがよくわからないと手が出ない。また、iPad用ホルダでは、カメラを使うニーズがないためか、iSightカメラが隠れてしまうものもあって、油断できない。

 iPadと三脚で撮影したいというニーズは今後拡がるのではないか。というのも、がっちりビデオ用三脚に乗せるようなニーズはなくても、ちょっとテーブルの上にミニ三脚で固定して、カンファレンスやシンポジウムなどを撮りたいというニーズは出てきそうだからだ。

 バッテリが保つので長時間撮れる、iPhoneと違ってバッテリがなくなっても常時電話として待ち受けする必要がないというところから、iPadに行き着くケースもありそうだ。

 今回はぴったりのホルダーを見つけることができなかったので、iPhoneのレビュー時に使用したケータイホルダーにゴム製のクッションを挟んで固定し、それをケンコーのツインカメラホルダに固定するという二段構えで三脚に設置した。完璧ではないが、今回の撮影には支障の無い程度には固定できた。

かなり強引な固定方法撮影しているふうにはまったく見えない


■深度が深く、高精細な映像

 では早速撮影である。今回は基本的にiSight側のカメラ性能を見ていくことにする。

 標準のカメラアプリは、機能がずいぶんシンプルだ。iPhone 4に比べると静止画機能にはHDR機能がなく、またLEDライトもないのでライティング撮影機能もない。

静止画の撮影画面。HDRはない動画撮影画面。ズームはできない

 静止画撮影時はグリッド表示が可能で、ピンチインで拡大もできる。ただし画素を少なくするのではなく、画素数固定のままでデジタル拡大なので、画質は落ちる。

 一方動画撮影では、グリッドは表示できず、ピンチインでのズームもできないという違いがある。このあたりはiPhoneと同じだ。画質モードもなく、解像度切り換えもない。CMOSの性能的には720/60pも撮影できるようだが、このモードは採用しなかったようだ。

 画角はスペックがないのでよく分からないが、これまでの他社のカメラでのサンプルと比較すると、おそらくiSight側は35mm換算で静止画30mm前後、動画で45mm前後ではないかと思われる。

画角サンプル
iSight動画
iSight静止画
FaceTime動画
FaceTime静止画

 撮影されるフォーマットは、1,920×1,080/30p、8bit、AVC/H.264のMP4で、ビットレートは実測で約22Mbps弱、音声はAAC 44.1kHz モノラルで、ビットレート64kbpsとなる。映像に比べると音声スペックが物足りないが、これは今後なんらかの拡張アイテムが出るのを期待しよう。なお今回の動画編集はすべて、iPad版「iMovie 1.3」で行なっている。

 撮影された動画は、被写界深度が深いためにかなり隅々までギッシリ高精細で写っている印象だ。AFとAEは画面内のタッチで決定するが、バラバラに指定できないので、AFを合わせたいところの露出となる。

手前から奥までのギッシリ感がすごい思い切って近接で撮れば、背景はそれなりにボケる

 逆光に対しては、レンズフレアのように形ははっきりとは出ないが、全体的にマゼンタがかぶる傾向がある。同じ条件でも静止画では適正なホワイトバランスで撮影できるので、動画特有のクセと言えるだろう。ホワイトバランスも設定する箇所はないので、成り行きである。

 iPhone 4の時に問題になった、全面白い壁を撮影すると中央部が赤いという問題は、今回のiPadに関しては見られなかった。その点では資料撮りなどにも活躍できそうだ。

 歩き撮りでは、手ぶれ補正機能がカメラ本体にはないので、手ブレはそれなりに生じる。またローリングシャッター歪みも発生するので、全体的に絵がぷるんぷるんしている。また光線の加減によって急にマゼンタ気味に変わるクセも確認できる。

【動画サンプル】
flare.mov(29.8MB)
【動画サンプル】
stab.mov(50.3MB)

逆光ではマゼンタがかぶる傾向が歩きながらの撮影。時折マゼンタがかぶる
編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 テストとして歩道の脇を自転車で併走して撮影してみたが、やはりそれなりの角度でローリングシャッター歪みは発生している。

 もちろん、普通のカメラ並みの性能をここに求めるということではなく、こういった性能であることを正しく認識した上で、うまく利用することが望ましい。単焦点とはいえ、これだけの薄いボディでこれだけ解像度の高い絵が撮れるわけだから、様々な利用シーンでメリットはあるだろう。

【動画サンプル】
roll.mov(29.1MB)
【動画サンプル】
sample.mov(184MB)
【動画サンプル】
room.mov(51.6MB)

ローリングシャッター歪みの例動画サンプル。iMovie1.3で編集室内撮影の例。裏面照射と言われている割りにはそれほどS/Nは良くない
編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい


■ディスプレイの性能

 今回のiPadのウリはなんといっても「Retinaディスプレイ」である。ただこの新ディスプレイ、映像の表示機としてみた場合に、解像度以外の部分ではどういう性能なのだろうか。

 まずそのあたりを調べるために、業務用ビデオモニタと比較してみることにした。使用したモニターはソニー「PVM-9045QM」だ。かなりの年代物ではあるが、放送局などではラインモニターとして普通に使われていたもので、現在も発色などに問題はない。

 双方にSMPTEカラーバーを静止画で表示させ、左右に並べてデジカメで撮影した。左がiPad、右が9045だ。左にモワレが出ているのは、ブラウン管だからである。

 iPadの輝度は9045とだいたい同じになるように設定してある。撮影した写真を取り込んで波形モニターで比較することでだいたいの特性がわかる。


業務用ブラウン管モニターとiPadの比較。左がiPad

 パッと見てわかるのは、iPadのほうが若干色温度が低く、白が少し黄色がかっている。またクロマが高めで、特に赤方向が強い。

 デジカメの発色特性もあるので、9045側を基準に合わせ込んだ後、波形モニタで比べてみたところ、輝度はほぼ同じで、綺麗な特性が出ている。ビデオモニターとしてみれば、暗い部分はもう少し絞りたいところだが、そのような調整項目がない。ただ静止画表示であることを考えれば、RGB(0,0,0)を基準にちゃんとした階調が出ていると言えるだろう。

発色を波形モニタで比較。左がiPad

 さらに色位相も黄色、青、緑はかなり正確に発色しているが、赤のクロマだけが突出した格好になっている。色温度が多少低いというところを差し引いても、赤だけがここまで突出しないと思われるので、これはパネルのクセだろう。

 普通に写真などを見た印象では、ややクロマが高いように見えるが、実際には赤が強いために派手な印象となるようだ。



■使い出があるiPhoto、iMovie

 新iPadに併せて、グラフィックス系のアプリもアップデートされている。まずは新登場した「iPhoto」を見てみよう。

トリミングと傾き補正

 これまで標準で付属しているブラウザアプリ「写真」では、自動補正と赤目補正、トリミングができる程度だった。これ以上の補正を行なうためにはサードパーティのアプリが活躍してきたわけだが、iPad版iPhotoもなかなか高機能だ。価格はApp Storeで450円。

 トリミング機能では、様々なアスペクト比が選べるだけでなく、傾きの補正もできる。傾き補正は自動モードもあり、水平線や地平線などを検出して自動的に傾き補正を行なう。

 ガンマ補正では、画面下にグラフィカルにパラメータが表示される。ガンマカーブをいじり慣れている人は、ここを1パラメータごとにドラッグして補正してもいいのだが、画面をホールドするとシャドウとコントラストなどの組み合わせで、十字メニューが出てくる。十字方向に指を動かすことで、2つのパラメータを同時にコントロールすることができる。彩度も同様のインターフェースだ。


ガンマは2パラメータを同時にコントロール彩度も同じインターフェースホワイトバランスの修正も簡単

 また部分的な補正は、各種ブラシツールを使って行なう。修復、彩度、明度、シャープネスなどのブラシを選んで写真の上を指でなぞれば、その部分だけ修正できる。さらに右下にある輪郭抽出ツールを併用すれば、自動的に輪郭でマスクを切ってくれるので、顔だけの補正などが簡単にできる。

部分的な補正はブラシツールで顔の部分だけ明るく補正

 エフェクトは数種類の効果が短冊状になっており、一つを選んで短冊の上をドラッグすると、エフェクトのかかり具合が調整できるというインターフェースだ。

 説明書も何もないが、オンラインヘルプが充実しており、実際に使いながら学べるようになっている。ディスプレイの特性を考慮に入れておけば、iPadだけでかなりちゃんとした補正ができるだろう。

エフェクト類も充実短冊上を左右にドラッグしてエフェクトタイプや量を調整オンラインヘルプも充実

 一方以前からiPad版が存在したiMovieも、今回の発売に合わせてVer1.3にアップデートされている。以前の「iMovie Ver1.2」はiPad 2リリース時にレビューしているので、基本的な編集手法はそちらも参考になるだろう。

予告編のパターンを選ぶと、どんな作りになるかのデモビデオが表示される

 Ver1.3の目玉は、カメラ性能アップに合わせてフルHD解像度の編集・出力ができることはもちろんだが、Mac版にあった「予告編」の作成機能が付いたことである。Mac版iMovieの予告編機能も以前レビューしているので、細かい操作は割愛するが、UIを見ていただいてもわかるように、基本的には一緒である。

 まずどんなパターンにするかを選択し、アウトラインに出演者などの情報を入力、絵コンテに必要な絵を埋めていくという作業だ。絵コンテには元々どんなショットが何秒必要かが書いてあり、既に撮影されているショットを選択すると、その秒数分だけが切り取られる。あとは使いたい部分をドラッグして決めれば済む。


アウトラインで出演者名やクレジットを入力絵コンテに映像を埋めていく

 Mac版iMovieの場合は、既に撮影された映像の中から絵コンテにはめていく作業だが、iPad版ではカメラが付いているので、絵コンテを見ながらその場で撮影していくという逆の方法も可能だ。

 各テーマ音楽は著名な映画音楽作曲家に依頼して新録したオリジナルだそうで、誰でも映画のヒーロー、ヒロイン化できる手段としては、なかなか面白いのではないだろうか。

Avid Studioもなかなか使いやすい

 同じ動画編集ツールとしては、Avidの「Avid Studio」もなかなか使いやすい。トリミング動作の出来もいいし、複数の画面を合成するモンタージュ機能が充実しており、ニュース風のアバンタイトルっぽいものが簡単に作れる。これも450円である。iMovie使ったのがバレバレでは困るという場合には、こちらを使うといいだろう。

 ただ現バージョンでは、最終出力が720p止まりであるのが残念だ。1080に対応したら、ビデオ編集経験者にとってはiMovieのようなおせっかいさがないので、使いやすいだろう。




■総論

 iPadには様々なとらえ方がある。iPhoneが大きくなったもの、という見方もあるだろうし、電子書籍端末、タブレットPCの進化形など、色々な見方があっていい。

 ただ言えることは、これが出てきたことで、「これに使えるんじゃないか」、「こんな事にも使えるのでは」というアイデアが噴出してきているということである。“何のためのもの”という目的に縛られないニュートラルなあり方が、イメージを膨らませるカンバスとして最適という事だろう。

 ここでは動画、写真といった実写を扱う道具としてのiPadを見てきたわけだが、1080pが撮れて、それがそのまま本体で編集、公開までできるということで、一つのストーリーが完結した。ネットでの動画も最近はVimeoなどHD解像度対応のサービスも人気で、かなりちゃんとした画質のトレーラーやサンプル映像などは“HD解像度で”というのが常識になりつつある。

 もちろん、単に動画を見るだけの人にも、Retinaディスプレイはメリットがある。Huluなどの動画配信サービスを使って番組を見ると、フルスクリーンまで内部でアップコンバートするわけだが、これが思いのほか綺麗なのだ。もちろん元ソースはそこまでの解像度は持っていないわけだが、補間が上手いのか、あるいはピクセルが気にならないのか、若干シャープさが足りない部分はあるのだが、かなりクオリティの高い動画が楽しめる。

 動画ディスプレイ機器としてもなかなかの実力を持っているiPad、さらにこれを拡張する形でいろいろなアヤシイ周辺機器が揃ってくることを期待したい。

(2012年 3月 28日)

= 小寺信良 = テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチボックス」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。

[Reported by 小寺信良]